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INITIATIVE「自分のキャリアは自分で創る」WEBマガジン

ひと 2021.03.10 震災から10年、東京育ちの女性社長が釜石で「まちの人事部」を創るまで【後編】

文:INITIATI編集部

東京生まれ・東京育ちで東北に行ったこともなかった戸塚絵梨子さんは、ボランティア休職制度を活用して繋がりを持った岩手県釜石市で、2015年に「株式会社パソナ東北創生」を立ち上げました。今回は【前編】に引き続き、戸塚社長に創業からの歩みや、今後に向けた思いを聞きました。

【前編はコチラ】


(戸塚社長:写真左から1人目)

起業直後から試行錯誤の連続


―起業してみて、実際にいかがでしたか。

釜石と関わりたいという気持ちのほうが先行していたので、画期的な事業アイデアとかがあったわけではなく、それまでやってきたことや、釜石にいた時の経験の延長線上で事業プランを提案しました。「研修ツーリズム」として、都市部の企業の方々に釜石に来ていただき、産業復興に向けた事業を一緒に作っていくようなツアーを企画したのですが…。全く上手くいきませんでした!

当たり前なのですが、ツアーで来る人を受け入れるのと、事業を始めるという話は全く別物なんですよね。ツアーとしては、観光関連の事業者など、観光客が来ることでプラスになる業種の方たちは受け入れてくれますが、新たに事業を創りたいと考えている企業の人たちのニーズに必ずしもマッチングするわけではありません。

事業を始めてすぐに、この“ちぐはぐ”さに気づき、これでは無理だと思いました。新たな事業展開を考えている会社に、こちらから「こういう人が来るから会ってみませんか」と提案しても上手くいかない。向こうから「こういう人がいないかな」と相談してもらうための信頼関係を築かなければと思いました。

そこで、もっと地域に根差した活動をしていかねばと思い、短期間のフィールドワークではなく、2か月間の滞在型の「大人向けのインターンシップ」を実施しました。まとまった期間滞在して地域の取り組みを一緒に行う一員になれば上手くいくのではないかと。しかし今度は、「移住しないで帰ってしまう」「ボランティアの領域ならウェルカムだけど、仕事をするとなると短期間だと教える手間がかかる」「地元の人の仕事を奪う」などと言われてしまいました。(苦笑)

―なかなか上手くいかないものですね。

こうした試行錯誤を経て「大学生のインターンシップ」事業を始めました。
現地の企業で何が求められているのかというと、新しい地元の雇用や働き方を生み出していくプロジェクトの推進や、本格的な事業化の前段階でのトライアル、商品のマーケティング支援のようなものではないかと考えました。例えば、テストマーケティングをしてその結果を調査したり、市内で若者視点を生かしたポップアップショップやイベント等企画したり。そうした分野に、若い大学生の力が活きるのではないかと。

やってみると、経営者の方々からも非常に好評をいただき、今年度はコロナ禍によるオンラインでもご一緒してくださる企業様が複数いらっしゃいます。学生の強みは町の重鎮の方々にも率直に意見が言えること。それまで変わらなかったものが大きく動きだすような事例をいくつも目の当たりにしました。
また、釜石には大学がないので、若くて元気な大学生が地域にいるという光景自体が珍しく、好意的に受け入れてくれました。

釜石で有名な酒造会社では「頒布会」(はんぷかい=季節に合わせた商品を定期的に届けるサービス)をしているのですが、大学生インターンが顧客アンケートを採ったところ、「振込用紙での振り込みが面倒くさい」「一升瓶ではなく四合瓶を2本のほうが嬉しい」などのリアルな声が返ってきました。今ではそれらを反映させて、すべてネットで注文や支払いができるようになり、お酒のサイズも多様なものを揃えています。

地元の会社が変わっていくことで、地域の他の会社も外部人材が入ることの効果に気づいていただくと同時に、インターンシップの受入を通じて、私たちパソナ東北創生についても知っていただけるようになりました。
コロナ禍の現在はオンラインでのインターンシップに切り替えていますが、これまで延べ43社で72名のインターンを受け入れています。

―思考錯誤しながら、事業を見直してきたんですね。

はい。まちの状況も刻一刻変わっていきますから、一度上手くいったものがずっと続くわけではありません。また、働き方を取り巻く環境もどんどん変わっていきます。今ではオンラインでの複業が一気に広がり、ワーケーションや2拠点居住も当たり前になってきていますよね。世の中の新しい働き方・生き方を先取りしながら、やっていかなければいけないと思っています。



―そういう意味では、戸塚社長自身が2拠点居住ですね(笑)

コロナ禍になってからは頻繁な行き来が難しいため、いまは1か月のうち3週間が釜石、1週間が東京というスケジュールで動いています。

釜石にいると、地域に馴染んでいくのを感じられてとても嬉しいのですが、一方で危機感も感じます。定期的に東京に来て、様々な人に会ったりする中で、新しいアイデアや大手企業のトレンドなどを生の声として教えてもらえたり、色々な立場の人と話している中で「今度はこんなことをやってみよう」というアイデアが浮かぶこともあります。いまは、意識して東京に滞在することや、人と会って話すこと、見て感じてインプットすることなどを大切にしています。

社員の中には釜石に移住し、結婚して、家を買って、町内会に入って…と地域に溶け込み「釜石で生きていく」ということを体現している社員もいます。。そのような姿を格好良いな、と思うこともありますが、一方で私はこの地域と東京を行き来すること、「外の視点を持っている」というポジションで、自分の強みを発揮していきたいと思っています。「東京ではどんな感じ?」とか「他の企業は何て言っているの?」など、気軽に聞ける人だと思われていたいですね。

挑戦を前向きに応援する社風


―パソナに入社した理由を教えてください。

私はもともと先生になりたくて、大学では教育学部に入りました。しかし、教育実習をしたとき、目の前の生徒と自分の経験との間に大した差がないことに不安を覚え、もっと人生経験を積んで、社会を知ってから先生になりたいと考えました。

また、大好きだった先生の影響も大きいですね。その方は、息子さんの成人を機に、一念発起して50歳で初めて先生になった方で。「全然働いたことはないけれど、2人の息子を育ててきた経験があるから、何でも相談してね」と言ってくれた先生に憧れて、まずは一般企業に就職しようと考えました。

就職活動では人と向き合う仕事がしたいと思い、パソナに興味を持ちました。「パソナの仕事は、その人の生活とか人生に寄り添う仕事だよ」という先輩社員の言葉が印象に残りました。また人事の方が、学生一人ひとりの素直な思いや将来の夢にきちんと向き合ってくれる印象が強かったところも、パソナに入社を決めた理由です。

―実際に入社してみて、いかがでしたか。

思っていた通りで、ギャップはありませんでした。「ボランティア休職」を取ったときも、「東北未来戦略ファンド」で起業したときも、上司や先輩などに「何かやってみたい」と相談すると、皆さんがとても親身に話を聞いてくれました。そして、「やってみればいいじゃん!」と背中を押してくれる。挑戦するときに、前向きに応援してくれる社風があると思います。私もそうした方々に勇気をもらって、これまで進んでこれたなと思います。

―会社を立ち上げた時も不安はなかったですか。

はい。逆に何も知らなかったから、不安がなかっただけかもしれませんけど(笑)。
驚いたのは、休職するときに周りの先輩が背中を押してくれただけでなく、社内ベンチャーを起業するとなると、話す相手は役員や場合によっては南部代表になりますよね。しかし役員会議でも「やらしてみればいいじゃないか」と応援してくれて。「あぁ、現場の先輩だけでなく、代表も役員も同じなんだ…!」と感動しました(笑)。役員の方々にも新しい世界に飛び込む勇気をいただきましたね。

「釜石モデル」で、これからの地域のあり方や新しい生き方・働き方を創る




―これからの会社のビジョンを聞かせてください。

起業から5年が経ってようやく、やりたいことに向けた地ならしができたと思っています。これからは地域における人材会社の役割とは何か、「まちの人事部」とは何かということを突き詰めていくなかで、地域の企業にとって「町医者」のような存在になれたらと考えています。

人材の課題は、小さい会社であればあるほどその会社の命運を左右し、経営課題と限りなくイコールです。人材のマッチングだけでなく、場合によっては事業や会社の統廃合のご相談をいただくこともあります。私たちだけでは対応できないことは、地域の金融機関や産業支援団体と一緒に解決していきます。

地域の企業に寄り添いながら新しい雇用を創り、新しい産業を創れるかというのが大きなテーマです。経営のパートナーとして信頼してもらうことがすごく重要だと感じています。こうした取り組みを「釜石モデル」として磨き上げて、他の地域にも還元していけたらと思っています。

他の地域の地方創生に繋げていくということだけではなく、私たちにはこれからの新しい働き方・生き方を創っていく使命があると思っています。東日本大震災によって、被災地は日本の課題を10年先取りしたと言われています。だからこそ、偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、この10年での経験や試行錯誤が、地域内だけでなく、日本全体の課題解決や未来を作ることにつながるよう、先駆的な働き方を社会に提案していきたいです。

昨今は「人生100年時代」とも言われ、生涯現役でイキイキと活躍することが注目されていますが、釜石ではもともと多くの方がそういう生き方をしてきました。わざわざ「パラレルワーカー」とか「ポートフォリオワーカー」などと言わなくても、漁業や農業をしながらお勤めにも行くなど、昔からそうした働き方が当たり前の地域だったのです。
都会から新しい生き方・働き方を導入するということではなく、逆に、その地域や日本で古くから受け継がれてきた生き方の工夫を、凝り固まってしまっている都会の働き方に活かしていけたらなと思っています。

人生・仕事に影響を与えた本

冒険家・高野秀行さんの本が大好きで、『謎の独立国家ソマリランド』『アヘン王国潜入紀』『地図のない場所で眠りたい』『幻獣ムベンベを追え』などをよく読みました。世界の辺境に行って、そこに住んでいる人以外が入ったことがないところで、その場所の人になって暮らす。そんな姿に勇気をもらえますし、いま自分がいる場所の価値観に凝り固まっちゃいけない、ひとつの価値観が正しいわけではないということに気づかされ、考え方の視野が広がります。

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