文:INITIATIVE編集部
パソナグループで社内外の専門家と共に様々な社会課題の解決に向けたフォーラムの開催や提言を行う
パソナ総合研究所は今年7月、第一回提言「働き方改革 Beyond」を発表しました。今回は
【前編】に引き続き、提言策定にあたり開催したワークショップで講演いただいた、東京大学大学院経済学研究科 柳川範之教授に、これからの働き方と組織のあり方について伺いました。
<前編はこちら>
<パソナ総研 第一回提言「働き方改革Beyond」はこちら>
40歳定年制のポイント
40歳定年制には、3つのポイントがあります。
一番大切なポイントは、リカレント教育です。スキルが“フロー化”しつつある中で、働く人も自らを常にバージョンアップしていかなければなりません。そこで、40歳くらいで、一度本格的なスキルアップやキャリアチェンジを考えようということです。
今でも、自ら会社を辞めて、大学に行くなどの自由はあります。しかし、40歳くらいは子育てなども忙しく、長期雇用を前提とする社会では色々と大変なことが多いのも事実です。なので、40歳で一旦雇用契約を終了すると同時に、1~2年間リカレント教育を受けることを制度化してしまい、「誰もが学び直す時期」と位置付けたほうがいいのではないでしょうか。
また現在、財政的に働く人の技能訓練にかけられているお金は諸外国に比べて少ない状況があります。働けなくなった方に対する生活保護も大切ですが、技能訓練でスキルを身に付けていただき、社会の中で活躍いただいたほうが本人の満足度は高いかもしれません。
政治の役割は、そうした方向付けをして、資金的な手当てをすることであると思っています。
二つ目のポイントは、多様な雇用形態の実現です。
今の日本の働き方は、期間の定めのない雇用契約(無期雇用)で定年まで働くか、短期間の有期雇用を積み重ねていくかの2種類しかありません。15年間や20年間など、中程度の期間の雇用契約があってもいいのではないでしょうか。
そして、長くするときは期間を明示すればいいと思います。例えば、現在の無期雇用のように20歳で就職して65歳の定年まで働くのであれば、「45年間の雇用契約」とすることもできます。
三つ目のポイントは、技術革新のスピードが速いため、皆が定年まで一つの会社で勤め上げること自体に無理が生じてきているということです。
社会の変化に合わせて組織も変わっていきます。長期雇用前提で同じメンバーで働き続けることにはメリットもありますが、変化の激しい現代において、何十年ものあいだ競争力を維持することはできません。20年間程度を一つの区切りとして、再教育を行う仕組みが大切になってきます。
キャリアの幅を広げるリカレント教育
もし、40歳くらいのミドル人材がリカレント教育を受ける場合、どのようにキャリアを考えていけばよいでしょうか。それには大きく3つの方向性があると考えています。
一つ目のパターンは、今の仕事で十分に成果を上げており、それを発展させていこうという方です。そうした方は現在忙しく仕事に追われていると思いますので、立ち止まって頭を整理したり、学問体系を学ぶことでそれまでのスキルを整理することもできるでしょう。
二つ目として、あまり仕事が上手くいっていない方には、全く違うことを学び直し、スキルチェンジを図ることが必要です。しかし、このパターンはそこまで多くないと考えています。
一番多いのは三つ目の、今の仕事でそこそこ上手くいっているが、十分ではないという方です。そうした方は、スキルの“斜め展開”が有効です。真上でも横でもなく、スキルの幅を広げていくイメージ。一緒に仕事をするチームの他の人のスキルを半分くらい身に付けてみてはいかがでしょうか。
例えば、ライティングや編集をやっている方が、カメラマンのスキルも身に付ける。逆にカメラマンが文章も書けるようになる。すると、これまで2人でやっていた仕事を1人でできるようになり、仕事の幅が広がることでチャンスも広がります。
また、今の日本では転職の際、勤め先の企業規模が小さくなるケースが多いです。つまり、2人でやっていた仕事を1人でやることになります。営業だけど経理もできるという人は、営業しかできない人よりも、確実に転職のチャンスが広がるでしょう。
会社と個人の関係が変わる
一つの会社にだけ所属する時代はまもなく終わり、副業をすることが当たり前の世の中になるでしょう。ただし、副業によって収入が増えることは副次的な話にすぎません。より重要なことはリスク分散ができることです。
投資の世界に「すべての卵を一つのバスケットに入れるな」という言葉があります。しかし、現在の日本では、働き方を一つのバスケットに入れてしまっている現状があります。
働き方のリスク分散がこれまで行われてこなかったのは、働く人や企業の意識の問題もありますが、テクノロジーが追いついておらず物理的にできなかったという面もあります。
時間と場所にとらわれた働き方=長時間同じ場所で働くことしかできなかったため、副業をしようとすると過重労働になってしまいました。今では本業の合間に、離れた場所でも仕事ができるようになりました。
また、副業はリカレント教育のためにも大切です。新たなスキルを身に付けるためには、座学だけではどうしても限界があるため、OJTを通じて実務経験を積むことが不可欠です。これまでは、勤めている会社の仕事以外で実務経験を積もうと思ったら会社を辞めるしか手段がありませんでしたが、副業であればそれが可能になります。
起業を促進するためにも副業は有効です。近年、安定志向が高まり、会社を興したいという若者が減っているというデータもありますが、副業として起業するという方法は、リスクマネジメントの観点からも広がっていくでしょう。片手間でのベンチャーは厳しいという意見もありますが、キャリア形成のためには失敗も含めて経験を積むことが大切です。
さらに、今後は「グローバル化」という言葉の意味も変わってくると思います。これから、複数の会社どころか、複数の国で同時に働くことも可能になるからです。例えば、「今どこで働いているの?」という質問は、相手によっては意味をなさなくなってきています。私の知人が勤めるフィンテック系のベンチャー企業は、東京と上海、ボストン、シリコンバレーにオフィスがあります。挨拶するときも、名刺が複数出てきて、所属するオフィスも複数ある。こうした働き方は日本人でもどんどん増えてきています。
会社のあり方が変わる
個人と会社の関係が変わり、技術革新を受けて仕事の内容も変化していくこれからの時代、企業はどんどんプロジェクト型の組織になっていくでしょう。
そもそも、会社(カンパニー)の原型はプロジェクト型でした。大航海時代に資金を出し合い船を仕立てたのが株式会社の原型です。航海の途中で船が沈没するリスクもありましたが、“新世界”から無事に帰れたら、持ち帰ったものを皆で山分けして、会社は解散しました。それが、定期的に船を出すようになったことで、その都度解散するより継続させていこうと永続性が生まれた。そして現代の企業会計は「ゴーイングコンサーン」が原則になっています。
この永続性にメリットがあったのは、仕事の内容が変わらなかったからです。毎回、同じように船を出すのであれば、会社を存続させればよいですが、船を出すのをやめて建物を造ろうと思えば、会社を一度解散して新しい会社を作る必要があります。しかし、現代では技術革新を通じて仕事の中身がどんどん変わっているにもかかわらず、会社という箱はこれまでと同じ形で残っています。
もう一つの大きな変化としては、小さな組織で大きな仕事ができるようになったことです。
昔であれば、アメリカ大陸に鉄道を敷くためには莫大な設備投資が必要で、大きな組織による多額の資金調達が必要でした。しかし、いまは数名のアイデアが世界を変えるイノベーションを生み出す時代です。ハードからソフトの流れの中で工場を建てる必要がなくなり、試作品も3Dプリンターで簡単に作れます。個人の新しいアイデアをクラウドファンディングサイトに投稿して、お金を集めて製品化し、それを大企業に売っていくこともできる。小さい会社で機動力を活かして、世界を相手に戦える時代になりました。
人的ネットワークの重要性
そうした時代において、我々にとって大切なことは、人的ネットワークです。
プロジェクト型組織というと、働く人がバラバラになっていくイメージを持つ方もいますが、そうではありません。会社という組織を超えた人的ネットワーク、コミュニティがポイントです。
これからの社会では、会社があってコミュニティがあるのではなく、先にコミュニティがあって会社ができます。会社は変わっていきますし倒産することもありますが、人的ネットワークは簡単にはなくなりません。シリコンバレーなどはまさにこの形です。コミュニティの持つ知識やノウハウが価値の源泉になっています。
しかし今の日本では、定年後も同じ会社の仲間と過ごしたり、アイデンティティのベースが会社だったりするなど、人的ネットワーク=会社の同僚であるケースが多いです。一人ひとりの働き方にとって、その状況を打破して、会社を超えたネットワークを如何に作るかという視点が、これからますます重要になっていくでしょう。
自分のキャリアは自分で創る
こうした時代において、私たちに求められるのは2つの意識変化です。
何よりも、会社に頼りすぎないという意識、自分のキャリアは自分で創るというマインドを持つことが大事です。これまでは、働く人のキャリア形成は主に企業にお任せでした。しかし、これからは自分で意思決定をして、自分でスキルを身に付け、自分でキャリアを組み立てていくことが必要です。
人から与えられることに慣れてしまい、物事を自分で決められない人は意外と多いものです。東京大学においても、与えられた勉強はきちんとやってきたものの、いざ就職となると何をしたいのかが分からないという学生は多い。とても原始的な方法ではありますが、今日のランチは何を食べるかなどの些細なことから自分で決める癖をつけることが大切です。
もう一つはキャリアパスを明確に意識することです。そのための良い方法はバーチャルカンパニーを作ること。実際に起業するわけではなく、友人などと共に会社を作るとしたら、自分に何ができて何が足りないのか、足りないスキルを埋めるためには誰を連れてくればいいのかなどを具体的に考えていくことです。
別に深刻に考える必要はありません。夜寝る前に30分程度考えるだけでもいい。ポイントは、自分にどんな能力があり、何が足りないのか、スキルの棚卸しができることです。
こうした意識のもと、会社という枠を超えて多層的な人的ネットワークを築いていくことができれば、これからの時代は働く人にとって大きなチャンスに満ち溢れた世の中になっていくでしょう。