労働力人口が減少していく一方、テクノロジーが飛躍的に発展する現代の日本。企業人事はこうした社会の変化をチャンスに転換し、優秀な人材がイキイキと活躍する組織を創り上げていかなければなりません。連載企画「未来を創る人事」では5回にわたって、未来に向けて、いま企業が直面する課題は何か、その課題に対する処方箋はあるのか、さまざまな角度から考えます。今回はその第1弾として、
一橋大学名誉教授 石倉洋子氏へのインタビュー記事をお届けします。
●一橋大学名誉教授 石倉 洋子 氏
バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院 経営学博士(DBA)修了。マッキンゼー社でマネジャー。青山学院大学国際政治経済学部教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。世界経済フォーラムのGlobal Agenda Council Future of Jobsのメンバー。
(公式ウェブサイト:
http://yokoishikura.com/ )
これからの雇用や仕事に影響を与える要因
日本で人材をめぐるテーマとして「グローバル人材」「多様性」「創造力のある人材」などをよく耳にしますが、これらは30年前から言われてきたことだと私は感じています。では、今、そしてこれからの企業や仕事にとって本当に重視すべきことは何なのでしょうか?
その一つの答えとして、世界経済フォーラムの委員会であるFuture of Jobs(未来の仕事)の調査結果を挙げてみます。私はこの委員会に2年間参加して、世界各国企業の人事担当役員に対してアンケートなどを行ってきました。そのテーマは「現在、そして2020年までに、雇用や仕事に大きな影響を与える要因は何か?」というものです。
委員会では、AIや機械学習、ロボットやモバイル、クラウドなどのテクノロジー関連が高い順位を占めると予測していました。しかし実際のアンケート結果では「Changing nature of work, flexible work」(仕事の環境変化や仕事の自由度)が最上位だったのです。もちろん、働く環境や仕事の質の変化の背景にはテクノロジーが影響するでしょうし、テクノロジー関連の回答もまとめればかなりの比率になります。
でも、仕事に対してどう考えているかという「価値観」の部分が先に出てくるようになったというのは、非常に興味深い結果ではないでしょうか。
また、新興市場でミドルクラスが増加することも重視されるようになっています。
日本では少子高齢化で人手が不足していますが、新興国では特に若年層の人口が増えていて、彼らの雇用がないことが課題と見られています。若いうちに仕事から学ぶことができなければ、将来のキャリア形成にも大きな影響が及ぶためです。
こうした結果を受けて委員会で議論されたのが、「人事や人材開発を再定義する必要があるのではないか」ということでした。それはつまり「仕事とは何か?」を再定義することにもつながります。
固定化したままの日本のキャリア意識
従来は「学校で学んだことを活かして就職し、リタイアまで勤める」というリニア(直線的)なキャリア観が一般的でした。しかし変化の激しい現代にあっては、求められるスキルも刻々と変わっていきます。今年大学に入った人が卒業するまでに学んだことのうち3分の1は時代遅れになってしまう、という説もあるほどです。
ですから、人生を通じて常に学び続け、スキルをアップデートしていかなければなりません。一人ひとりがユニークさや得意技を持っていて、自分の人生を生きることができる。そんな「力のある個人」をつくることが、国や組織の役割になっていくと考えています。
特に日本では、いまだに「いい大学に入って、いい会社に入って、一生安泰」というのがあるべき姿になっていて、学生も社員も企業もそれに囚われているように思います。
新卒で採用されなければ一巻の終わり、という風潮もまだまだ残っています。それが幻想になりつつあるということは、個人も人事もわかりはじめているのに、なかなか方向転換ができないのです。働く側は「会社が面倒を見てくれると思ったのに」と感じ、会社は「もう面倒は見切れないけど、人材が流出していくのは避けたい」と考えてしまう。それは親離れ・子離れができていない状態と似ているように思います。
真の多様性なしにイノベーションは生まれない
この状態を生んでいる原因の一つは、日本の「失敗を嫌う」風土にあると考えられます。「今までと違う方法で、今までと異なる人を採用して、もしうまくいかなかったらどうしよう」と。こうあるべきだ、という「正しい答え」を求めていて、それに適さない行動をとる自信がない。そんな人や会社が多いように感じます。
しかし、今は変化の波が大きい時代です。一発でうまくいくわけがなく、いろいろな挑戦をして失敗しながら方法を変えていくことが必要なのです。狭い世界のしがらみに縛られて、同じ人たちが同じようなパターンで行動している環境から、イノベーションが起こることはありえません。
こうした状況を打破するためにまずやるべきことは、「自分たちと違う人を見る」ことだと私は考えています。例えば外国に行ったとき、目の前にいる人が友好的なのか危険なのかわからないということはよくあります。実際に接してみて、ときには失敗もしながら、自分の中に「人を見るものさし」ができあがっていくのです。「自分とまったく異なる価値観の人がいる、違う経歴を持った人がいる」ということを実感していなければ、いくら「多様性」という言葉を使っても、むなしく響くだけになってしまうでしょう。
「力のある個人」が競争優位性の源泉に
今の時代は、新しいアイデアを実現できるかどうかが企業の競争力を決める要因になっています。実現されたこともすぐに真似されてしまいますから、どんどん新しいことに取り組んでいかなければいけない。日本ですごいといわれていることも、世界レベルではたいしたことがない場合もあるわけです。
そうなると、さまざまなアイデアを持った多様な人々を「競争優位性の源泉」と捉え、「仕事を遂行するのに最もよい人材」を都度確保することが重要になってきます。つまり、職業や肩書きではなく、仕事をタスクで捉えてプロジェクトベースで行うという考え方が、今後拡大していくでしょう。
そのとき求められるのが、先にお話しした「力のある個人」です。ただ、いかに力を持ったとしても、個人ではスケールの大きな仕事はできません。優れた人が集まり、大きな仕事を成し遂げる場を作ること。それこそが、これからの企業の役割なのです。企業が「私たちはこういうビジョンを持って、世界をこんなふうによくしていきたい」「こんなことを実現したい」という「旗」を立てると、それに共鳴する個人が集まってくる。社内の人・社外の人が、協力して新たなことを実現する。その経験が積み重なれば、さまざまなポテンシャルが開かれるのではないでしょうか。
さらに、個人が「第2の仕事」を持つことを許容するのも、これからの企業には必要でしょう。今は兼業禁止の会社が多いと思いますが、「今の仕事をしながら新しいことにもチャレンジしたい」という個人は多いはずです。会社の外で人と出会い、経験を積むことで世界が広がるでしょうし、会社の仕事でも「第2の仕事」でも成果を上げよう、効率的に仕事をしようという意識も育まれるはずです。大きな会社こそ、そういう形で人材を育てていってほしいですね。
その中で、もしかすると「第2の仕事」のほうに軸足を移す人も出てくるかもしれません。そんなとき、「あいつは会社を裏切った」などと思わずに「優秀な人材を社会に輩出したのだ」と考えてほしいですね。そして、その人の能力が必要なプロジェクトが出てきたら、また一緒に仕事をする。そのような形で、流動性が高まっていくのが理想的だと思います。
これからの人事が仕事を、会社をおもしろくする
このような状況を踏まえて、あらためて「これからの人事とは何か?」と問い直してみるべきでしょう。プロジェクト単位で仕事を進めるようになれば、どんな人材が必要かはビジネスの現場にいる担当者が最もよく知っているということになるからです。
私が考える一つの人事のあり方というのは、会社やプロジェクト担当者が何かしたいと思ったときに「その仕事を遂行するために最適な配置を提案できる存在」です。社内の人材や、過去に仕事をしたことのある人はもちろん、一緒に仕事をしたことがない人の情報をもワールドワイドに把握していて、必要に応じて最適なチームを組むことができる。そんなデータベースは、ビックデータなどを活用すれば実現可能でしょう。
さらに、タスクを切り分けて、ある業務は人ではなくテクノロジーを活用したほうがよいということであれば、機械化や自動化も提案する。そうなれば、人事という仕事は今までとまったく異なるものになっていくと感じます。
人材という資産を最大限に活かし、プロジェクトを、会社を、よりおもしろいものに変えていく。そうして未来を創っていく人事の仕事は、非常に高いポテンシャルを秘めていると思います。広い視野を持ち、果敢にチャレンジする人事の方のご活躍を期待しています。
(2016年7月発行「HR VISION Vol.15」より)
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