文:INITIATIVE(イニシアチブ)編集部
2007年にインド・ニューデリーで事業を開始した
Pasona India Pvt. Ltd.(パソナインディア)。現在はインド国内5拠点で、人材派遣・紹介、アウトソーシング、教育・研修などのフルラインサービスを提供しています。その現地法人社長を約10年間にわたって務め、今年5月に株式会社パソナ グローバル事業本部 副本部長 兼 EMEIA事業部長に着任した谷 嘉久。海外勤務とは縁が遠かった地方拠点の支店長からインドへと赴任し、10年の間で進出した数多くの日系企業の人事戦略をお手伝いしてきました。今回は、そうした経験を通じて谷が感じた、グローバルキャリアを築く上でのポイントをお伝えします。
――地方の支店長を経験し、インド法人の立ち上げを任されるというご自身のキャリアを振り返ってどう感じますか?
一言で言えば、とても運が良かったと思っています。
私は1995年に株式会社パソナに新卒で入社し、東京の営業部の上野チームに配属されました。土地勘の全くない東京で、右も左も分からない状態で新社会人としての生活が始まったのですが、最初のチームでは「営業とは何か」「お客様との関係の作り方」などを叩き込まれました。
その後、同じ東京の品川チームのチーム長をしていた30歳のころ、突然、郡山支店長の辞令を受けました。20名規模の都内の大きなチームの責任者から、当時7名の地方支店の支店長という辞令に、最初は絵に描いたような左遷だと思いました(笑)。
上司の支店長には「なぜ異動なんですか!?」と不満をぶつけたのを覚えています。しかし、支店長からは私が噛み付いた倍返しで怒られました。「アホか!」と怒鳴られ、「お前は地方の拠点を任されることがどれだけ大事なことか分かっていない!」と。
地方支店の支店長は、一人で全部をやらないといけないんです。お仕事を探される方々のご登録、営業活動、経費管理、ベンダー管理など。限られた人数の支店では、一人でも人材が辞めてしまうと業務への影響が大きいので、支店内の人間関係や個々人のモチベーションなどにもかなり気を遣います。文字通り、支店業務の全ての責任を負うのが支店長なのです。
こうした支店長業務を、インドに赴任する前に経験できたのは本当に良かったです。そういう意味でも運が良かったと思います。
――インド法人の立ち上げを振り返っていかがですか?
2007年1月、34歳のときにインドへ赴き、現地法人の立ち上げを行いました。
これも幸運だったと思うのですが、当時インドに進出していた日系企業300社は、ほとんどがメーカーだったので、現地の日本人の方々からは「いよいよサービス業が来たか」と、とても大きな期待をいただきました。
また当時のインドには、海外畑で数多くの修羅場をくぐってきた50代くらいの方々が多く駐在していました。そんな中で、当時30代の私なんて「若造のお前に何ができるんだ」という感じでした。だからこそベテランの先輩方から、駐在員の役割や駐在員コミュニティについて、いまインドの日系企業がどんなサービスを必要としているかなど、たくさんのことを教えていただきました。
さらに、300社という規模感も良かったですね。日本人のコミュニティというか、駐在員の仲間意識のようなものが存在していて、自分の困っていることをさらけ出すことができました。当然、周りからも相談を受けることが多く、口コミで事業が拡大していきました。
――語学面で困ったことはありますか?
インドに赴任するというオファーを、パソナグループの南部代表から受けた際、即答で「行きます!」とは答えました。でも次の言葉は「英語は得意ではないのですが…大丈夫ですか?」でした。しかしその時、南部代表は「問題ではない」と断言してくれました。
もちろん、英語ができるに越したことはないですが、今は南部代表の言っていた意味が理解できます。
大切なことは、「我々は何をしたいのか」「世の中は将来どうなるのか」「だから今何をすべきなのか」を“言い切る力”です。間違っているかもしれないけれど、その時点での自分の考えを明確に伝えること。それは語学以上に大切な力だと思います。
この力は社内においても大切です。英語が達者で正確な業務指示ができたとしても、なぜその仕事をやらなければならないかや、会社としての未来のビジョンが伝わらないと、メンバーのモチベーションは下がり、心が離れていってしまいます。
――インド人の部下をマネジメントをする上で意識したことはありますか?
現在のパソナインディアは、インド国内5拠点、60名規模の会社になっています。
最初の支店立ち上げのときに採用したインド人のメンバーは、10年近く経った現在も一緒に働いています。当初は3畳くらいの小さなレンタルオフィスからスタートしました。その後は事業の拡大に伴って広いオフィスに移転していきました。彼らも「この会社・この支店は自分たちが作った」という意識を持ってくれています。
とはいえ、今でもインド人のトップとして頑張ってくれている3人の初期メンバーと、最初からすぐに信頼関係を築けたわけではありませんでした。毎日一緒にご飯を食べたりはできませんし、インド人はお酒を飲まないので“飲みニケーション”というわけにもいきません。
パソナインディアのお客様は日系企業が中心です。営業活動の過程で話を聞く相手は現地法人社長であっても、日本人がほとんどでした。そのため当然ながら、同じ文化圏で育った私のほうが日本人とのコミュニケーションは長けている。一方で、彼らは企業に紹介する人材の候補者であるインド人とは深いコミュニケーションがとれます。日本人である私にはできないことでした。
ですから、役割を分担し、お互いを信頼することからはじめました。彼らの得意なことは、きちんと任せる。そして、日本人の私だから上手くいく部分は私が責任を持つ。そうしたこと積み重ねることで、互いの信頼関係を築いていきました。
現在、インド法人では立ち上げ時に一緒に苦労してくれた副社長が昇格して社長になっています。彼らとは「戦友」と言ってもいいほどの絆で結ばれていると思っています。
――最後に、グローバルキャリアを目指す若手人材へのメッセージをお願いします!
お伝えしたいことは二つあります。
一つは、仕事をする上では「基本が大切」だということです。若いうちにキャリアのベースを作ることを意識してください。
若いうちから海外に行くことだけがグローバルキャリアではありません。最初は国内でキャリアの下地を固めて、それを武器にして海外に出て行くという選択肢もあるのです。
日本で仕事の基本をきちんと身に付けていると、海外で日本のことを聞かれても答えられますし、現地と日本と比較して考えたり、伝えたりすることができます。また、海外法人で現地スタッフの部下の評価や指導をすることになったとき、そうした業務を国内で経験してなければ対応できないですよね。
若い人で将来海外に行きたい人は、目の前の仕事をしっかりやることで自分の武器を磨いて、出番に備えてください。
二つ目は「新興国は面白いぞ」ということです。
グローバルキャリアを志向する方の中でも、新興国に対して抵抗感を持つ方もいるかもしれません。しかし、生活が大変そうだから新興国には行きたくない、と思ってしまうのはもったいないです。
新興国に赴任すると、タイムマシンに乗った気分になります。未来から来たような錯覚を覚えます。だからといって全てがうまくいくわけではないですが、日本の状況を話すだけで、その国の人は目をキラキラさせて聞いてくれます。
そして何よりも、経済が成長している国で、前向きなエネルギーを持つ人たちと一緒に仕事をするのは純粋に楽しいです。そうした国ではトラブルが発生すると、必ずと言っていいほど現地スタッフに「大丈夫だよ」と言われます。最初は腹が立つのですが(笑)、最終的に何とかなってしまう。ポジティブにものごとを考える人と一緒に働くと、問題がいつの間にか問題ではなくなってしまうものです。
また新興国では毎日がジェットコースターで、ハラハラ・ドキドキの連続です。次々に新しい問題が出てきて大変ですが、いまの日本では体験できないダイナミックな発展を目の当たりにすることができます。そして何より、どんな問題に対しても、前向きに一生懸命に取り組む人たちと一緒に仕事をする経験はとても貴重なものだと思います。
もし、新興国にいくチャンスがあれば、是非、手を挙げてみてください。苦労することもあるとは思いますが、今そこでしか得られない経験は、自ら掴み取ってでも行く価値は十分にあると思います。
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