環境が健康を育む
昨今日本では、少子高齢化の進行を背景に平均寿命だけではなく、人が健康上の問題なく自立した生活を送ることができる「健康寿命」への関心が高まっています。また同時に、企業では働く人の健康促進が企業価値を高め、生産性を向上させるという「健康経営」の視点が広まりつつあります。
2015年6月に政府が発表した日本再興戦略では、国民の健康寿命延伸のため「健康経営度調査等、健康経営普及のための取り組みを引き続き実施する」と掲げました。また、経済産業省と東京証券取引所は、2014年度から健康経営に優れた企業を「健康経営銘柄」に選定するなど、社会全体が健康経営の促進に向けて動き始めています。
パソナグループは2003年、東京・大手町の都市銀行本店の地下金庫跡に「パソナO2( オーツー)」を開設し、2010年には東京本社ビル「アーバンファーム」をオープンしました。当時から、コンセプトの一つに「健康」を掲げています。大都会のど真ん中のビルでありながら、オフィスのあちこちで植物が育ち、1階ロビーの田んぼには稲穂が揺れています。オフィスで働く社員はもちろん近隣の方々やお客様にも、色鮮やかな花々と日々成長する植物を楽しんでいただくことで、健康的にイキイキと仕事ができる環境を作りたいと考えました。
2015年11月には、社員やお客様と一緒に青森県のブランド米「青天の霹靂」の田植えを行いました。仲間と共に植物の成長の喜びを分かち合い、4カ月後の収穫を楽しみにしています。
健康の秘訣は地方にあり
日本の社会環境が変化し、人々の価値観が多様化する中で、かねてより物質的な「物の豊かさ」よりも、精神的な「心の豊かさ」を求める人は多く存在しています。経済生産をもとに出されるGDPだけではなく、芸術や農業、食、心身の健康や豊かな時間など、経済以外の“心の黒字”を表す、いわば“文化のGDP”が大切になるのではないでしょうか。
そこで私は、「健康の秘訣は〝地方”にあり」と考えています。東京に代表される大都市に集中していた人々が、地方で農業や音楽、芸術の仕事をするなど、企業に勤めながらも地方で生活できる仕組みを創ることは、日本国民の一人ひとりの心と体の健康にもつながります。
私たちパソナグループは、全国各地で様々な取り組みを行っていますが、兵庫県淡路島では2010年から「半農半芸」という働き方を提案しています。農業を学びながら芸術や音楽で地域の活性化に向けて働く若者たちの顔は、いつ訪れてもイキイキと輝いています。豊かな自然や新鮮な地元の食材、地域社会とのつながりといった“地方”の力が彼らを笑顔にし、さらに彼らの元気が地域に活力を与えてくれていると感じています。
現代社会の大きな問題である、ストレスやうつ病などに対して、ストレスチェックなどの予防医療の取り組みが大切なのは言うまでもありません。そのほか、東洋医学を活かした未病への取り組みや、地域社会で誰もが参加できる運動会を開催するなど運動する機会の積極的な提供、仕事をしながら農業や音楽活動をするといった新しい働き方など、地方創生のプロジェクトとして、企業が官公庁や自治体と組むことで実現できることも多いのではないでしょうか。
都心の会社から離れた環境で、ある一定期間生活し、元気を蓄える。ずっと仕事だけをしていた人が、文化に親しみ、農業や陶芸など土に触れることで、都会とはまた違った心の豊かさを得られてストレスが軽減されることもあります。こうした取り組みを通じて、社会全体で健康寿命を伸ばしていければと考えます。
相対的価値から絶対的価値へ
今こそ、豊かさに対する価値観を転換する時ではないでしょうか。お金やモノといった物質的な豊かさだけではなく、健康や生きがいなどの「心の豊かさ」も求められている時代です。それは他の人と金額の大小などで比べられる相対的価値観から、個々人の絶対的価値観への転換が求められているということでもあります。
企業も、競争の中での相対的価値のみに注目する経営から脱却する時を迎えています。価値の基準を変え、社員が心も身体も健康で、将来への不安なくイキイキと働き未来へのビジョンを描けるように経営することが、結果として企業価値を高め、社会の中で長く存続していくことになるのではないでしょうか。
(2016年1月発行「HR VISION vol.14」より)